その昔マイクロフォンペイジャーが提示したのはニューヨークのヒップホップのライフスタイルだった。その歌詞世界も向こうのシーンに影響を受けたものだったし、そこがクールでスタイリッシュな理由だったわけだ。だが一方ライムスは音楽性は確かにどこまでもヒップホップだったが、その歌詞世界はペイジャーとは対極にどこまでも泥臭い日本人独自の感性に満ちていた。彼らは東京をニューヨークに見立てて歌詞を書くことが出来なかった、なぜならそれは幻想であるからだ。USのヒップホップを聴きながらも俺たちは米と納豆を食うのだ。チキン&ワッフルではなく。欧米か!否、ここは日本である。つまり彼らは「アメリカ的である」ことを初めから諦めていたし、そこからでないとオリジナルな何かなど生まれるはずもないと思っていたのだろう。
けど、つい「緊張感があるほうが楽しい」と考えて
ゲームバランスの話をすると、
必ず緊張感を高める方向に向かおうとするんです。
けど、本来は緊張感はそこそこあって
楽しく遊べることが理想なんですよ。
でも、なかなかそういうものばかりもつくれないので、
コースを多少引き返して遊ぶのが
アクションゲームの正しい楽しみ方やと思っていて、
僕はわりとこだわっているんですね。
ゲームバランスの話をすると、
必ず緊張感を高める方向に向かおうとするんです。
けど、本来は緊張感はそこそこあって
楽しく遊べることが理想なんですよ。
でも、なかなかそういうものばかりもつくれないので、
コースを多少引き返して遊ぶのが
アクションゲームの正しい楽しみ方やと思っていて、
僕はわりとこだわっているんですね。
医者になれと育てた子供が、人を危め、自分の顔を手術してまで、逃亡した。
子供はそれではじめて仕送りではなく、自分の稼ぎでメシを食って、
生きている実感を得た。
なんなんだ。それは。
親も、子供も、暇すぎる。
膨れ上がったユートピアを、棺おけまで持ち込むぐらい、
余裕のない人生を自分は送りたいぞ。





